間違った判断は、最後まで下さなかった判断に優る

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『間違った判断は、最後まで下さなかった判断に優る』
(ブライアン・トレーシー)

これは大切な言葉だ。俺は失敗することを恐れて縮こまったトレーダーにはなりたくはないと考えてきた。トレードにおける個々の失敗は、確率に関連性のない独立した事象である。勝負事なのでリスクが伴うのは当たり前で、常に判断を下さなければならない。判断するからこそ、失敗することも当然あるわけだ。

また、同じ失敗はしない方が良いのだが、それを繰り返してしまうこともやはり仕方がないことだ。専業トレーダーになった今でさえ、相変わらず同じ失敗を繰り返している。正しくは、失敗するだろうなぁ!と思いながらエントリーすることが頻繁にあり、そして失敗しているのだ。俺は、相場の未来が『見える人』ではないから。

同じ失敗をしてはいけないとよく言うが、それは次の問題に取り組むときの姿勢を説いている言葉である。再び同じような失敗をしたからといって、必要以上に自分を責めたり、他人から責められたりするべきではない。

失敗は、ある一定の頻度で必ず起こるもの。ミスの発生は、ミスをしやすいところをより正確に検証できた、ということでもある。同じ失敗をしてしまったら、同じ間違いを繰り返しやすいところを発見した、というくらいの心持ちでいいと思う。全体として、中長期的に結果が右肩上がりになっていればそれで良し。その過程でミスが出てくるのは、ごく自然なことだ。

後悔などせず、ただ検証をし、学び終えたら次に進めばいい。 トレードで失敗すること、つまり小さく損切りすることを恐れていると、結果としてトレード回数が減ってしまう。それでは確率の収束を体感するだけの試行回数が得られないので、失敗はしないが物事が好転することもない。

挑戦すれば、得ることがあれば失うこともある。言い換えれば、成功することも失敗することもある。しかし、失敗からスキルや失敗しやすい原因を得ることが多々ある。つまり挑戦すれば、成功しようが失敗しようが、何かを得るんだ。しかし挑戦することを躊躇(ためら)って何もしなければ、成功も失敗もあり得ない。何ひとつ得るものが無いということだ。

だからこそ、

『間違った判断は、最後まで下さなかった判断に優る』

最後に、トレードをやっていると、『ミスは無かったが勝てなかった。ツイてねぇな。』って話を聞くことがある。

まぁ、俺自身もそんな風に愚痴ったことはある。(`ε´)ムカー

しかし、この発言自体、客観的な視点に立って見れば、『驕り(おごり)』だ。自分の持てる限りのトレードができたことと、ミスがないこととはイコールではない。全くの別物だ。インターネットを介し、マーケットには世界中のトレーダーが参加している。どのくらいの取引Lotで売ってくるのか買ってくるのか、またどのタイミングで仕掛けてくるのか、正確なことは誰にも分からない。もちろん、チャートの右端から先にある未来の相場の行方を、誰も知る由もない。

こうした『不完全情報なマネーゲーム』 における勝負事の結果は、自分の努力や、ミスをしたかどうかだけでは左右されない。ミスがなかったと思うこと自体、大いなる勘違いである。

同じようなパターンとして、ただラッキーで勝ったことを検証せずにいると、実力と勘違いして過信してしまうケースがある。短期的には結果が出ているので喜ばしいことだが、それはそれとして、期待値以上の結果だったという事実を冷静に把握する必要がある。

その実情を捉え間違えてしまうと、結局、長期的には大きな失敗を招いてしまうのである。『頂点が有る』から『有頂天』という。『有頂天』になった者は、落ちていくのみ。 相場に勝って傲慢になるのは短期的思考な者だ。短期的な思考では長期的には生き残れないし、もしくは生涯所得では大して稼ぐことができない。

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